一通りのトレーニングを終え、フローリング上に広げたトレーニング用マットへとその身を横たえたまま呼吸を整えていた、その時であった。
「えいっ!」
威勢の良い掛け声と共に、裕也の下腹部へとそれなりの重量を持った何かが突如ドスンと伸し掛かってくる。
鍛え上げた腹筋に力を入れて身構えていた時ならばいざ知らず、前触れなく訪れた不意打ちの衝撃はなかなかのもので、思わず情けのない呻き声を溢しそうになったが既でのところで何とかそれを呑み込んだ。
「ねえ、裕也! しよ?」
突如、下腹部に伸し掛かってきた彼女――美咲はというと、まるで子供のような無邪気さで振る舞いながら、これまた前触れなく情熱的な誘惑を仕掛けてくる。
まるで幼児が自らの父兄を遊園地かプールにでも誘い出すかの如く陽気に弾んだ口調であったが、果たして恋人同士の情事はこんなにも威勢よく始めるものだったかと眉根を寄せずにはいられない。
だが、裕也が苦言の一つでも今日こそ呈してやろうと口を開きかけたその瞬間、伸し掛かる彼女の目つきは一変した。
勝ち誇ったように狼狽を浮かべるこちらの表情を見下ろすその顔は、一見、悪戯好きの小悪魔のような可愛げが見受けられる――が、しかし。その双眸は未だ何一つ愛撫を受けていないにも関わらず熱によって潤みきっており、情欲の気配を隠そうともしていない。
「ねえ、全部見てて。アタシがどれだけ裕也のコト欲しがってるのか、思い知らせてあげるから」
言いながら彼女は身につけた自らの衣服をゆっくりと見せつけるようにしてたくし上げると、惜しげもなく控えめな一揃いの乳房を晒してみせた。
あろうことかショーツさえも性急な手つきで脱ぎ捨ててしまうと、それを右足首に引っ掛けた半端な状態のまま、彼女は自身の肉体を妖しく弄り始めたのである。
まずは広げた掌で自らの体温を確かめるかの如く、薄く括れた腰回りをなぞり、やがて一方の手はささやかな膨らみを飾る乳頭へ、もう一方は早くも愛液を滴らせているらしい陰部へと滑らせてみせた。
「あは、アタシってばもう興奮してる……。ね、わかる?」
問い質されるまでもなく、嫌というほどに思い知らされている。
見上げたその先、彼女の指が見せつけるかの如く突起を悪戯に弾くたび、そこは徐々に膨れ上がり、開花を間近に控えた蕾のようだった。
その上、未だ直視が出来ずにいる下腹部の方からは何やら粘着質な水音が忙しなくたっており、鼓膜に奇妙な痺れを伴う疼きを与え続けている。
挙句、彼女が自らの愛撫によって善がり腰をくねらせるたび、剥き出しとなった彼女の臀部に頭を擡げつつある裕也の愚息が衣服越しに摩擦されるのだ。全く、堪ったものではない。
「んふふ、おっきくなったァ?」
尋ねずとも、それは自らの肉体で知覚しているはずだろう。
しかし、そんな憎まれ口を叩く余裕など微塵もない。
「ぺ、美咲……っ?」
溢れ出すのは、戸惑いと興奮ばかりである。
やめて欲しいのか、欲しくないのか。辛うじて絞り出されたのは、愛しい彼女の名前だけだった。
厚手の布越しにも関わらず伝わる彼女の肉感、そして湿り気は、この世に存在するどんな誘惑よりも強烈であると舌を巻かずにはいられない。
ともすれば、屹立した己の浅ましい欲望が衣服さえ突き破りかねないような――否、布地を物ともせず食らいつこうとしているのは、むしろ彼女の方だろう。見た目のあどけなさからは到底、想像が及ばないほどに大胆な腰つきで彼女が熱心に自らの膣をそこへ擦り付けるたび、大陰茎が物欲しげに口を大きく開いているのが感触で分かってしまうのだ。
「……っ、ああ! やば……。こうしてるだけで、イッちゃいそうになる」
膣からグラインドを経て双丘の狭間を通り、再び陰茎へと舞い戻るその仕草を何度も繰り返されるうち、どうしてだか目の奥が熱くなるような感覚に陥り、裕也は瞬きを繰り返すことで正気を取り戻そうと試みた。
それは涙を堪える時とはまた別種の不思議な高ぶりだった為、いまいち対処方法が分からない。油断をすれば落涙してしまいそうな、しかしやはりこみ上げるこの感覚は涙とは全く別の何かのような気がして、いよいよ思考が追い付かなくなってしまう。
もしや涙腺ではなく、更にその奥――脳髄が沸騰でもしているのか。
あり得ない妄想に取り憑かれながら、思わず裕也は歯噛みする。
何かを堪えるように。しかし、一体この土壇場で自分は何を我慢しようというのか。
そんなこちらの混乱をよそに、彼女の自慰はより大胆なものへと変化していく。
「だめ、裕也……! やだ、ホントにイッちゃうからぁ……っ」
切なげに囀る彼女の声音には、申告通り、間近に迫った絶頂に翻弄されている焦燥感と高揚が色濃く滲んでいた。
相変わらずふしだらに腰を揺らしながら、同時に自身の陰核を弄ぶ指の動きはあまりにも激しく忙しない。
溢れ零れ、飛び散る愛液が奏でるはしたない音色も、募る悦楽の強さを物語るかのように赤裸々だった。
「ンぁ、裕也……! 見てて、イくから……っ。全部、ちゃんと見てぇ……っ!」
刹那、彼女は猫のようにしなやかな仕草で華奢な背を大きく反らしつつ、太腿を幾度も痙攣させては感極まったような甘く切ない嬌声を零すその合間に裕也の名を繰り返し叫んだ。
「あっ、はァ……」
「美咲……っ」
求められた激情に呼応するかの如く、無意識のうちに裕也も再び彼女の名を口にする。
「あ……っ、ああァ!」
一際大きく、彼女の肢体が妖しく蠢き、跳ね踊った。
布地越しの感触から察するに、恐らく自慰で達してしまったのだろう。見上げたその先、どこか虚ろな双眸でぼんやりと理由もなく宙を仰ぐ彼女の表情は、実に艶やかで危なげなものであった。
裕也の知る美咲・カークマンという女性は、年齢の割にあどけない見た目通り、多少の子供っぽさは垣間見えてはいたものの、腐っても連邦捜査局に属する優秀な捜査官である。プライベートのひと時ですら、有事の際には性別をも超越した振る舞いを見せるに違いない。
だが、いま彼女が浮かべた恍惚の微笑と、悦楽に囚われてすっかりと弛緩した肉体から醸し出されているのは、完全なる『油断』と『隙』だ。このような姿を、自分以外の誰かに目撃されてしまったら、一体どうなることか。
否、裕也だけに見せているのであろう姿だからこそ、これほどまでに劣情を誘うのだ。彼女はそれを自覚していて、裕也自身もそれを悟り、大いに動揺を示すことすら見透かした上で、こんな誘惑を仕掛けているに違いない。どこまでも手の掛かる、罪作りな想い人だった。
「……裕也」
一方的なこちらの葛藤をよそに、彼女は再び薄桃に色づいた官能的な唇を開く。
「ここに、裕也の頂戴?」
言いながら、先ほどまで自身の指を深々沈めていたその秘境――陰唇を見せつけるようにして大きく広げながら彼女はぐずるように強請り始めた。
「……っ、貴女って人は……!」
あまりの誘い文句に眩暈を覚え、思わず声を荒げそうになる。
勿論、誘惑に対する怒りの為ではない。彼女の思惑通り、まんまと乱され、どうしようもなく興奮を覚えてしまった自身への叱咤だ。
「今日は随分と、乗り気なんですね……」
視線のやり場を失い、情けなくもたじろぎながら、裕也は上擦った声音で精一杯の軽口を叩いてみせる。が、そのような小細工など、もはや何の盛り上げにもなりはしない。
「わかりました、よ……っ!」
こうなってしまってはもう、言葉など何の意味も持たない。
裕也は仰向けにその身を情けなくも横たえたまま、あまりの興奮と僅かながらの羞恥に頬を紅に染めつつ、彼女の細い腰を両手で支えるように掴むと、下着から取り出した自身の熱を一思いに濡れそぼる膣内へと荒々しく突き立てた。
「ッ、あああ! んぅ、熱い……!」
頭上で響き渡る彼女の嬌声は、もはや獣じみた歓喜の咆哮である。
その音圧すら繋がった場所から裕也の爪先に至るまで轟きを波及させ、くすぐったいような痺れを伴い、やがては限りなく愛撫に近い刺激となって脳髄に興奮として作用してしまう。
「裕也っ、あァ……! 奥まで、入った……」
恍惚に溶けるその表情と声音は、自惚れでもなんでもなく、心の底から幸せそうであった。自身の浅ましい性欲が、彼女に幸福感を少なからずとも与えられているという事実をこういった形で確認出来ることが、裕也にとっても言わずもがな何物にも代えがたい充足だ。
果てしなく淫靡でありながら、尊く、愛しい。
「っ、美咲……!」
彼女の名を呼びながら、裕也は無意識に突き上げるような仕草で自らも悦楽を求め、律動を始めていた。
「あっ、はァ!」
貪欲なまでに腰を深く落とし、生暖かく湿った粘膜で裕也の熱をきつく絞り上げるようにして締め付ける彼女の膣内は、いつにも増して快感に飢えているようである。まるでこちらを食らい尽くさんばかりの勢いで、彼女は性器同士の摩擦から生じる痺れに溺れ、早くもその瞳は、こみ上げる熱情によって溢れ出した歓喜の涙に濡れていた。
その仕草は一見、理性を忘れた獣のようにも映ったが、彼女のあどけない体躯も相俟ってか、児戯のような無邪気さがどこか色濃く滲んでいるようにも思える。
「もっと、頂戴……! 裕也の、足りないよぉ……!」
ぐずるように強請りながら、彼女は今度、前後にその細い腰をグラインドさせた。
「ッ、は……! 美咲、少し待ってくださ……」
決して我慢の効かない性質ではなかったが、それにしても今夜の彼女は何もかもが煽情的だった。これ以上、不用意に煽り立てられては明日の任務に支障をきたしかねなかった為、一瞬だけでも冷静に思考を巡らせる時間を与えてくれと裕也は制止の言葉を震える声音で絞り出したのだが――どうやら、却って彼女の内なる欲望に油を注いでしまったらしい。
「やだ、待てない……。待てないよ、裕也」
言いながら彼女はふいに腰のグラインドを止めて、倒れ込むようにして裕也の胸上へとしなだれかかる。
「私は裕也のこと、欲しくて欲しくて仕方がないの。だから、裕也も同じくらい私のこと欲しがってよ」
言われるまでもなく、こんな真似をされれば誰だって彼女のすべてを求めるだろう。が、しかし――朴念仁である自身はどうやら、そういった本音を上手く伝えられていなかったようだ。
無意識に腹の内を薄幕で隠したがってしまう癖は、職業病というやつだろうか。だが、そんな防衛本能はこのような熱く激しい濡れ場に相応しくない。故に、殻を破る必要がある。
「……分かりました。僕がどれほど貴女に焦がれているのか、今日こそ伝えてみせます」
ほとんど寝技の要領で、裕也は腰に跨った彼女の小さな体をトレーニングマット上へ優しく組み敷くと、再度、物欲しげに収縮を繰り返す性器へと怒張した自身を潜り込ませ、その内部を決して傷つけないような慎重さと、募る劣情に支配されつつある煩悩の衝動を以て力強く勢いをつけて穿つ。
「はァっ、ああ……!」
瞬間、薄く開いた唇から零れた彼女の声色は、美しくもはしたなく、互いの劣情をより一層、色濃く煽るように濡れ場を彩った。
「美咲……!」
彼女の細い腰を改めて下から抱え直し、本能の赴くまま、そのうちに彼女の肉体を内側からバラバラに崩してしまうかもしれないという一抹の不安を抱きつつも、裕也は高鳴る自身の鼓動と同調させるように突き上げを繰り返し、ひたすらに頂を目指して情交に没頭する。
始めは自ら誘うように腰を振り続けていた彼女であったが、こちらの無遠慮な律動にどうやら音を上げたのか、裕也の腰に跨る姿勢を保ちつつも胸上へと倒れ込んだまま、もはや成すがままとなり、ただ甘い囀りを零すばかりであった。
相変わらず頬が熱く、爪先は痺れを伴ったまま言うことを聞かない。
少しは加減を覚えなくては、いや、いっその事このまま互いに融解してしまえたら、彼女の身体に負担はないだろうか、一刻も早く達して極上の解放感が欲しい――と、様々な思考が綯い交ぜとなって判然としない逡巡ばかりがとめどなく沸騰した脳内を駆け巡る。
肉体と精神が切り離されてしまったような、どうにも解せない感覚だった。しかし、その背徳感もまた心地良いのも事実である。
「あ、裕也……っ」
ふいに彼女の唇が、赤く染まった裕也の耳朶を甘く食んだ。
続けざまに零された『大好き』という幾度となく繰り返された告白は効果覿面で、裕也の理性や忍耐を崩壊させるには十分すぎる程だった。
ほとなくしてその瞬間は訪れ、裕也は己の欲望を解き放つ。
「っ、はぁ……。ッ、美咲……」
安否を確認したかったのか、それとも彼女も絶頂へ辿り着くことが出来たか懸念をしたのか、裕也自身にも分からなかったが、なんらかの反応を求めて彼女の名を無意識に口にすると、
「へへ、気持ち良かったぁ……。けど、もっと欲しくなっちゃった」
胸上から顔を上げた彼女の悪戯っぽい微笑と更なる誘い文句を耳にしたその瞬間、裕也は自身の腹の内から再び抗いきれない性衝動が沸き上がって来る感覚を、どこか途方に暮れたような想いで受け止めていたのであった。